大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)392号 判決 1970年4月13日
控訴人 亡中尾市五郎訴訟承継人 中尾タケノ
同 田中信子
みぎ両名訴訟代理人弁護士 田中藤作
大江篤弥
被控訴人 小松淑
<ほか七名>
みぎ八名訴訟代理人弁護士 蝶野喜代松
豊蔵亮
丹羽教裕
弁護士蝶野喜代松訴訟復代理人弁護士 塚本宏明
主文
一、原判決を取り消す。
二、別紙物件目録記載の土地は控訴人らの所有であることを確認する。
三、被控訴人らは控訴人らに対し前項記載の土地について大阪法務局天王寺出張所昭和三三年九月三〇日受付第二二九五五号でされた取得者小松伊三郎、原因同年二月六日売買なる所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らの代理人は主文同旨の判決を求め、
被控訴人らの代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、当事者間に争いがない事実
本件土地と現在大阪市生野区巽西足代町四二七番地の一宅地一一〇坪(三六三、六四平方メートル)は、同所四二七番地八畝一六歩(八四六、二八平方メートル)から昭和三三年四月頃分筆されたものであること(≪証拠省略≫によると、昭和三三年四月一九日控訴人らの先代市五郎が本件土地について仮処分を執行した際に田四畝二六歩(四八二、六四平方メートル、本件土地)ほか一筆に分筆する登記がされ、その後本件土地につき取得者を被控訴人ら先代伊三郎とする所有権移転登記手続があった後に、同年一〇月一八日本件土地の地目を宅地に変更する登記があったことが認められる)、みぎ田八畝一六歩はもと訴外竹原邦雄の所有であって、昭和二四年頃には訴外滝本玄三の所有となったが所有権移転登記手続がされなかったので、登記簿上訴外竹原の所有名義のままになっていたこと、本件土地については、先づ被控訴人らの先代亡伊三郎が昭和二八年五月一七日大阪地方裁判所において訴外竹原を被申請人として前記田八畝一六歩について処分禁止の仮処分を申請し同仮処分決定を得たので、同月二二日同仮処分の登記がされたが、ついで、控訴人らの先代亡市五郎が昭和三三年四月一九日同地方裁判所において訴外竹原を被申請人として本件土地について処分禁止の仮処分を申請し、その仮処分命令を得て、その頃同仮処分の登記がされたこと、亡伊三郎の申請に係る前記仮処分は、同人が訴外滝本から代物弁済により取得した前記田八畝一六歩の所有権に基づく訴外竹原に対する所有権移転登記手続請求権を被保全権利とするものであったこと、亡伊三郎はみぎ仮処分の本案訴訟として大阪地方裁判所に訴外竹原を被告として前記田八畝一六歩の所有権移転登記手続請求の訴訟を提起しこの訴訟は、主張の経過をたどり、大阪高等裁判所で、主張の内容の和解の成立によって終了したこと、本件土地について昭和三三年九月三〇日付で取得者を亡伊三郎とし、原因を売買とする所有権移転登記がされていること、亡市五郎の本件土地についての仮処分は、同人が訴外滝本から本件土地を買い受けたので、所有権に基づいて同土地の登記簿上の所有名義人である訴外竹原を債務者として本件土地の所有権移転登記手続請求権の保全を求めたものであったが、同人はみぎ仮処分の本案訴訟として、大阪地方裁判所において訴外竹原を被告として本件土地所有権確認と所有権移転登記手続を求める訴を起し、同年一〇月三一日原告全部勝訴の判決があり、同年一一月中に同判決は確定したこと、市五郎が昭和四三年一一月一六日死亡し、控訴人らが相続したこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。
二、亡伊三郎の申請に係る仮処分の効力について
先ず亡伊三郎が同人申請に係る本件土地についての前記仮処分の被保全権利を有していたかどうか、および本件土地についての取得者を亡伊三郎とする所有権移転登記手続がみぎ被保全権利に基づいてされたものであるかについて判断する。
(一)、被控訴人ら主張の亡伊三郎と訴外滝本間の代物弁済について
当裁判所はみぎ代物弁済が適法に成立したものと認めるのであるが、この点についての当裁判所の判断は、原判決六枚目表五行目冒頭から同枚目裏六行目末尾までの記載と同一であるのでみぎ記載を引用する。
(二)、大阪高等裁判所昭和三一年(ネ)第七〇四号事件における裁判上の和解および昭和三三年九月三〇日付の本件土地についての亡伊三郎を取得者とする所有権移転登記と亡伊三郎の本件土地についての仮処分の被保全権利との関係
大阪高等裁判所昭和三一年(ネ)第七〇四号事件における亡伊三郎、訴外竹原および訴外山田商店間の裁判上の和解において、亡伊三郎は訴外山田商店が本件土地の所有者であることを承認し、あらためて、同訴外商店から本件土地を買い受ける旨の条項が設けられていて、亡伊三郎を取得者とする本件土地の所有権移転登記には原因売買と記載されているので、一見すると、みぎ所有権移転登記は前記裁判上の和解によって新たに成立した売買契約に基づいてなされ、前記亡伊三郎申請に係る仮処分の被保全権利に基づいてされたのではないように見えるけれども、つぎに述べる理由によって、みぎ和解条項の文言ならびに前記所有権移転登記中の文言にもかかわらず、当裁判所は、みぎ所有権移転登記手続は亡伊三郎の本件土地ほか一筆についての前記仮処分の被保全権利に基づいてされたものであると判断する。すなわち
(1) 前示のように亡伊三郎は同人申請に係る本件土地ほか一筆についての仮処分の被保全権利を有していたこと、
(2) (一)で判断した事実(原判決引用部分)と≪証拠省略≫とを総合すると、前記第一審判決において亡伊三郎の訴外竹原に対する所有権移転登記手続の請求が斥けられたのは、亡伊三郎が、訴外滝本を経由する中間の所有権移転登記手続を省略して、直接訴外竹原から亡伊三郎への所有権移転登記手続を請求するに当り、みぎ中間登記の省略について訴外滝本の同意が得られないのに、訴外竹原のみを被告として訴を提起し、訴外竹原と訴外滝本とを共同被告として訴を提起しなかった訴訟手続の過誤によるのであって、亡伊三郎が本件土地の所有権を有していないことが理由となっていないこと、
(3) みぎ≪証拠省略≫によると、訴外山田商店は、同商店を取得者として一応本件土地の所有権移転登記手続を受けることができるが、亡伊三郎が前記仮処分の被保全権利を有していて、同権利に基づいて本件土地の所有権移転登記手続を受けると、訴外山田商店の本件土地所有権は否定され、同商店を取得者とする前記所有権移転登記は抹消を免れない旨を判示していること、
(4) 以上の各事実と前記裁判上の和解の条項の文言を比較総合すると、同和解において亡伊三郎が訴外山田商店の本件土地所権有を承認したのは、前記のような訴訟手続上の過誤のために控訴審においても勝訴判決が受けにくい事態となったので、和解の成立を容易にするためにした法律技術上の擬制であって、必ずしも亡伊三郎の本件土地所有権を否定する趣旨の条項ではないこと、
(5) 昭和三三年二月六日現在の本件土地の価額としては、金三〇万円は安価に失し、同価額をもって本件土地の売買があったと解することはできないこと(ちなみに、亡伊三郎は、前記のように、昭和二五年一〇月頃前記田八畝一六歩((八四六、二八平方メートル))を担保として訴外滝本に対し金六〇万円を貸付けているから、昭和三三年初頃の同地の価額の値上りを考慮すると、三〇万円は本件土地の価格として安価に失することは経験則上明らかである。)。
(6) 以上で判示した諸般の事情と前記和解条項の文言を総合すると、和解条項第一項は主として亡伊三郎と訴外山田商店との間の関係に関するもので、訴外竹原の亡伊三郎に対する本件土地所有権移転登記手続義務を否定しているのではなく、かえって、同第二項は、訴外竹原が従前から亡伊三郎に対してみぎ登記手続義務を有していて、みぎ義務に基づいて訴外竹原から亡伊三郎に対し本件土地所有権移転登記手続をする趣旨であると解することができ、結局において、みぎ和解条項の解釈として、訴外竹原の亡伊三郎に対する本件土地についての所有権移転登記手続は前記仮処分の被保全権利の実現に当ると解することができること、
(7) 本件土地についての亡伊三郎を取得者とする所有権移転登記中に登記原因が売買である旨の記載は、以上判示した諸事情を総合すると、前記和解条項をその文言通りに理解したことによるのであって、実体法上の真実な所有権移転原因を示すものではないと認められること、
以上の諸事実を総合して、前記のとおりに判断することができる。
三、亡伊三郎申請に係る仮処分と亡市五郎申請に係る仮処分の優劣について
同一の不動産について同一の登記簿上の所有名義人を仮処分債務者として、仮処分債権者を異にする二箇以上の処分禁止の仮処分があり、みぎ各仮処分がいずれも同一不動産の所有権に基づく所有権移転登記手続を保全するためのものである場合には、後で登記された仮処分の執行は先に登記された仮処分の執行に牴触しない範囲で効力を有する。すなわち、先行の仮処分執行は、その仮処分債務者から後行仮処分の債権者に対する所有権移転登記手続を禁圧する効力を持つが、後行の仮処分執行は先行の仮処分の債権者に対する関係では効力がなく、仮処分の債務者が先行の仮処分の債権者に対して所有権移転登記手続をするのを禁圧する効力がない。したがって、先の仮処分の債権者が、後の仮処分の登記後に、登記簿上の所有名義人である債務者から、自発的ないし債務名義の執行により、仮処分によって保全された登記手続請求権に基づく当該不動産の所有権移転登記手続を受けた場合には、同不動産所有権をもって後の仮処分の債権者に対して対抗することができ、たとえ後の仮処分の債権者が仮処分債務者を被告とする本案訴訟において当該不動産所有権確認の勝訴判決を得て同判決が確定しても、先の仮処分債権者は後の仮処分債権者に対して前記不動産所有権移転登記の抹消ないし後の仮処分債権者を取得者とする所有権移転登記手続義務を負うものではないと解するのが相当である。
本件の場合、亡伊三郎の前記田八畝一六歩(本件土地ほか一筆)についての処分禁止の仮処分の登記は、亡市五郎の本件土地についての処分禁止の仮処分の登記より先にされている上に、亡伊三郎はその後本件土地の所有権移転登記手続を受けていて、しかも、亡伊三郎は当時みぎ仮処分の被保全権利を有していて、みぎ所有権移転登記手続は同仮処分の被保全権利の実現にほかならないことは前述のとおりであるから、亡伊三郎は本件土地所有権をもって亡市五郎に対抗することができるのであって、亡市五郎は、仮処分債務者との間の本案訴訟において勝訴の確定判決を得ても、亡伊三郎に対して本件土地についての前記所有権移転登記の抹消登記手続または同土地所有権の移転登記手続を求めることはできない。
控訴人らの本件主たる請求は理由がない。
四、予備的主張について
(一)、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人らの先代市五郎は、昭和二四年春頃訴外滝本玄三から本件土地を買い受け、同年六月一日から妻である控訴人タケノと共に同土地上の建物に転居して同土地の占有を開始し、同年八月頃同土地上に工場兼住宅を建築してこれに居住し、市五郎死亡後も控訴人タケノがこれに居住し、いずれも所有の意思をもって本件土地を占有し、現在に至っていることを認めることができ、みぎ認定に反する証拠はない。したがって、亡市五郎の本件土地の時効取得を妨げる事由がなければ、同人は昭和三四年六月一日の経過をもって本件土地の所有権を時効取得したことになる。
(二)、控訴人らは、亡市五郎が本件土地を時効取得するに必要な同土地占有の期間中に、同土地の前所有者である訴外滝本玄三の同土地占有期間を加算できると主張するのであるが、訴外滝本は本件土地を亡市五郎のみならず、その後被控訴人らの先代亡伊三郎にも譲り渡したことは前認定のとおりであるので、訴外滝本の本件土地の占有期間は、亡市五郎ないしその相続人である控訴人らが亡伊三郎ないしその相続人である被控訴人らに対して本件土地の時効取得を主張する場合には、みぎ時効取得に必要な同土地占有期間に算入することはできない。
(三)、被控訴人らは、亡市五郎の本件土地占有は所有の意思をもってするものでなかったし、また善意、平穏、公然の占有でなかったと主張するが、物の占有の主観的、客観的態様、すなわち、自ら所有する意思をもって善意で占有するものであるかどうか、ないし平穏公然の占有であるかどうかは、占有の始めにおける態様によって定まり、特段の事由がない限りその後における事態によって変更を受けないところ、亡市五郎の本件土地占有が占有開始当時自ら所有の意思をもって善意で平穏公然と開始されたことは前認定のみぎ占有開始時の事実関係に徴し明らかであって、これを否定する被控訴人ら主張の各事実が、いずれも、みぎ占有開始後相当の期間を経過して生じたものであることは、前認定の本件の事実関係と被控訴人らの主張事実との比較により認めることができるので、被控訴人らのみぎ主張は採用できない。
(四)、被控訴人らは、亡伊三郎は亡市五郎の本件土地に対する取得時効完成後に本件土地についての所有権移転登記手続を受けたので、本件土地について所有権取得の登記手続をしていない亡市五郎またはその相続人である控訴人らは同土地の所有権をもって亡伊三郎またはその相続人である被控訴人らに対抗することができないと主張するが、亡伊三郎が登記をえた昭和三三年九月三〇日より後である昭和三四年六月一日に、亡市五郎は時効によって所有権を取得した関係にあることは、さきに説示したとおりであるから、このような場合には、亡市五郎は登記なくして、亡伊三郎に所有権を対抗することができるわけである(最高裁判所昭和四一年一一月二二日判決、民集第二〇巻第九号一九〇一頁参照)。したがって、被控訴人らのこの主張は採用しない。
(五)、仮に亡市五郎が亡伊三郎に対して被控訴人ら主張のとおりに本件不動産を買い取り度い旨申し入れた事実があったとしても、弁論の全趣旨に徴し、亡市五郎は和解の手段としてこのような申入れをしたに止まり、亡伊三郎の本件土地所有権を承認したものであるとは認められない。被控訴人らの時効中断の抗弁は理由がない。
(六)、前述のように亡市五郎は本件土地の善意の占有者に当るので、同人が悪意の占有者であることを前提とする被控訴人らの抗弁は採用しない。
(七)、以上のように、亡市五郎は本件土地を時効取得し、同人の死亡(昭和四三年一一月一六日)により、控訴人らが相続により本件土地所有権を取得したから、控訴人らは同土地の登記簿上の所有名義人亡伊三郎の相続人である被控訴人らに対して、本件土地所有権の確認、ならびに、同土地について控訴人らを取得者とする所有権取得の登記を受ける方法として、主文第三項記載の所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができる筋合である。
五、結論
以上の理由により、控訴人らの本訴請求は、結局、正当として認容すべく、これと異なる原判決は取消しを免れないので、民訴法三八六条、九六条、八九条、九三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三上修 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)
<以下省略>